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●商品情報

●素材:本革

●サイズ:横34CM*縦25CM*マチ7CM
採寸方法の違いで、1-2センチの誤差が出る場合がございます。

●重量:1.0kg

●カラー:ブラウン、コーヒー
モニターの発色の具合によって実際のものと色が異なる場合があります。

【精選されたトップレイヤー牛革で作られ】
高級柔らかい牛革素材で、熱や変形に強いレザー素材です。自然スタイルを保留する仕上げです。繊維の密度が高いので弾力性が強く丈夫です。簡単で高級感のあるデザインで、よい素材の上、細部まで職人の技が凝縮されています。

【大容量で多機能の収納デザイン】
iPad、ファイル、B5手帳、携帯電話、財布、折り畳み傘などの収納ができます。 ポケ ット充実で小物など分けて収納できます。日常、通勤、通学に使えます。 やぶれ、汚れにくく、防水効果も高い、四季適用です。

【プレゼントにもお勧めの一品 】
本革だからこその味わいがいろんな場合に使えます。大切な人にプレゼントとして多くのお客様にご愛用いただきます。 誕生日、バレンタインデイー、クリスマス、父の日などの時の贈り物にも最適です。プレゼント用に選びたい商品です。

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スリーエム ジャパン(株) 環境改善用品 防災・防犯用品 復旧用品 化学防護服 スリーエム ジャパン(株) 3M 化学防護服 4520 XLサイズ 4520 XL 1着
スリーエム ジャパン(株) 環境改善用品 防災・防犯用品 復旧用品  化学防護服 スリーエム ジャパン(株) 3M 化学防護服 4520 XLサイズ 4520 XL 1着




【特長】
●軽くて薄く、経済的な防護服です。
●柔らかなポリエステルニットの袖口は快適性を高めます。
【用途】
●アスベスト除去作業など。
【仕様】
●色:ホワイト
●サイズ:XL
●適応身長(cm):179~187
●適応胸囲(cm):108~115
【仕様2】
●EN規格タイプ5~6適合品(微粒子・ミスト防護用)、EN規格静電気防護適合品
●JIS T 8115規格タイプ5~6準拠品(微粒子・ミスト防護用)
●使い捨てタイプ
【材質/仕上】
●ポリプロピレン(PP)
【注意】
●この商品は、一般消費者様向けの製品ではない為、表示や取扱説明書等が一般消費者様向けに表記・同梱されておりません。
●靴は別売です。
【原産国(名称)】
中国
【質量】
165.000
【質量単位】
G
【JANコード】
4046719401123
【メーカー名】
スリーエム ジャパン(株)安全衛生製品事業部
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2022年6月 5日 (日)

ブリテン 「グロリアーナ」 P・ダニエル指揮

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英国女王エリザベス2世が、即位70周年のプラチナ・ジュビリーをむかえました。

1953年、父ジョージ6世の後を受けて即位して70年。
英国史上、一番長く君臨する君主となりました。


                                                     (BBCより拝借)

英国は4連休となり、さまざまな祝賀行事が行われていますが、96歳の高齢に加え、体調も最近は崩し勝ちとのことで各イベントへのご登場はほとんどお休みの様子。
親しみあふれる女王なのでちょっと心配ですが、ますます健やかに英国を統べていただきたいものです。



イギリスには1度だけ行ったことがありまして、これがそのときの絵葉書。

仕事で赴き、視察的半分なお遊び的なツアーでして、レンタカーでロンドン周辺を走り回りました。
高速に乗って少し走ると、緑の丘がポコポコと見えるなだらかな美しい光景が見れましたし、海の方へ長躯走ると、絶壁の厳しい海岸線もみることができました。

市内では運転していて、目の前にビッグベンが登場したときはびっくりしたものです。

そして、ターミナル的なところにやむを得ず車を停めてちょっと離れたら、そこには怖そうなポリスマンが立ってました。
君々!ここは駐車禁止じゃよ!と無表情で睨まれました。
こちらは、たどたどしい英語で、すいませ~ん、わからなかったんです、旅行で来てるもんですから・・・・と素直に謝りました。
そしたら、お巡りさん、態度が一変、そうかそうか、次は気を付けるんだよ、よい旅をな~って無罪放免してくれたんです。

プライド高そうな英国の人々だけど、実はフレンドリーで、日本人には優しかったのでした。

そのときの、旅は前半がパリだったんですが、ハンドルも車線も逆だし、高速なんて地獄のように怖かったし、そもそもフランス人は日本人の話す英語なんてまるきり無視して見下したような雰囲気でした・・・・

(以下、過去記事を修正しつつ引用します)

      ブリテン 歌劇「グロリアーナ」

1953年、現女王エリザベス2世の戴冠式奉祝として作曲されたブリテンのオペラが、オペラ16作中8番目の「グロリアーナ」。

スコアの献辞に「この作品は、寛容なるご許可によってクィーンエリザベス2世陛下に捧げられ、陛下の戴冠式のために作曲された」とあります。

原作は、リットン・ステレイチーの「エリザベスとエセックス」。
台本は、南アフリカ生まれの英国作家ウィリアム・プルーマーで、彼は「カーリューリバー」の脚本家。

1953年6月6日に、コヴェントガーデン・ロイヤルオペラハウスで、政府高官や王列関係者たちだけのもとで初演。
英国作曲界の寵児であったブリテンの期待の新作オペラではあったけれど、初演の反応は不芳で、むしろジャーナリストたちからは、果たして女王に相応しい音楽だろうか?として攻撃を受け、やがて連日非難が高まり、このオペラはなかったもののようにして忘れられていく存在となってしまった。

それは、オペラのあらすじをご覧いただければ一目了然。
物語の主人公はエリザベス1世、期せずして、1533年生まれ1603年没。
その別名が彼女を讃えるべくつけられた「Gloriana」グロリアーナ(栄光ある女人)でもあるわけです。
イングランドに黄金期をもたらせた女王は、スペイン無敵艦隊に対する勝利が栄光のピークで、このオペラはずっと後年の晩年近く、1599年から1600年のことを描いている。
登場人物たちは、そのまんま歴史上実在の人物たち。
成功続きだった女王の治世も陰りが出てきて、生涯独身だったエリザベスにも老いが忍び寄っていた時期。
エセックス公ロベルト・デヴリューを寵愛し、一方で女王から信頼を受けていた政治の中枢、ロバート・セシルとエセックス公は敵対関係にあった。
ドニゼッティのオペラにも、英国女王3人にまつわる3部作があり、エセックス公=「ロベルト・デヴリュー」があります。
アンナ・ボレーナの娘がエリザベス1世で、スコットランド女王メアリー・ステュアート(マリア・ステュアルダ)と敵対し、エセックス公ロベルト・デヴリューをめぐってもさや当てをすることとなるのがドニゼッティの一連のオペラ。

こんな背景を頭に置きながら、このオペラを味わうとまた一味違って聴こえます。

ちなみにブリテンは、このオペラから交響組曲「グロリアーナ」を編み出していて、最近そちらの演奏機会も増しているし、録音もなされるようになってきました。
ブリテン自身の指揮によるシュトゥットガルト放送録音がCD化されてますが、そこではエセックス公の1幕で歌われるリュート歌曲が、ピアーズの歌唱で収録されてまして、それはもう儚さの境地です。



ブリテン  歌劇「グロリアーナ」

 エリザベス1世:スーザン・ブロック
 エセックス公ロベルト・デヴリュウー:トビー・スペンス
 エセックス公夫人フランセス:パトリシア・バルドン
 マウントジョイ卿チャールズ・ブラント:マーク・ストーン
 エセックス公の姉レディ・リッチ、ペネロペ:ケート・ロイヤル
 枢密院秘書長官ロバート・セシル卿:ジェリー・カーペンター
 近衛隊長ウォルター・ラーレイ卿:クリヴ・ベイリー
 エセックス公の従者:ヘンリー・クッフェ
 女王の待女:ナディーヌ・リビングストン  
 盲目のバラッド歌手:ブリンドリー・シェラット

  ポール・ダニエル指揮

            ロイヤル・オペラ。ハウス管弦楽団
     ロイヤルオペラ合唱団
  
  演出:リチャード・ジョーンズ

      (2013.6 @ロイヤルオペラハウス)


第1幕
 
 馬上試合の場面、エセックス公は従者とともに試合観戦中。
従者からの報告で一喜一憂。しかし結果は、マウントジョイの優勝。
女王から祝福を受ける彼をみて、エセックス公は、本来なら自分がそこに・・・と嫉妬をにじませる。
人びとは、エリザベス朝時代の女王を讃える歌「Green Leaves」を歌う。
そのマウントジョンとエセックス公は、やがて口論となり小競り合い。
そこに登場した女王のもとに、二人は跪き、彼女の仲裁で仲直りする。
人びとは、ここで再度「Green Leaves」を歌い、今度はフルオーケストラで、とくにトランペットの伴奏が素晴らしい。

「Green leaves are we,red rose our golden queen・・・・」 

この讃歌は、このオペラに始終登場して、その都度曲調を変えて出てきます。



 ②ノンサッチ宮殿にて。腹心のセシルとエリザベス。
彼は、女王に先の馬上試合での騒動の一件で、エセックス公への過度の肩入れは慎重に、と促し、女王も、それはわかっている、わたくしは、英国と結婚しています、と述べる。
 彼と入れ替わりにやってきたのは、そのエセックス公。
彼はリュートを手にして歌う。明るく楽しい「Quick music is best」を披露。
もう1曲とせがまれて、「Happy were he could finish」と歌います。
それは、寂しく孤独な感じの曲調で、ふたりはちょっとした二重唱を歌う。
オーケストラは、だんだんと性急な雰囲気になり、エセックス公はここぞとばかり、アイルランド制圧のための派兵のプランを述べ、命令を下して欲しいと懇願。
女王は、すぐさまの結論を出さず、公を退出させる。
ひとり彼女は、神よ、わたくしの信民の平和をお守りください・・・と葛藤に悩む。

第2幕

 ①ノーリッジ 訪問の御礼に市民が女王の栄光をたたえるべく、仮面劇を上演。
マスク役のテノールが主導する、この劇中劇の見事さは、さすがブリテンです。
そんな中で、結論を先延ばしにする女王に、エセックス公はいらだつ。
劇が終ると、人びとは女王のそばにいつも仕えますと、感謝の意を表明し、女王はノーリッジを生涯わすれませんと応える。
 ここでまた、Green leaves。



 ②ストランド エセックス公の城の庭
マウントジョイとエセックス公の姉ペネロペは恋仲。ふたりはロマンティックな二重唱を歌い、そこにエセックス公夫妻もやってくるが、最初は公は姉たちがわからない位置に。
エセックス公は、プンプン怒っていて、弟君は、何故怒っているのかとペネロペに問う。
自分の願いが認められなくて、イライラしてるのよ、と姉は答える。
やがてそれは4重唱になり、愛を歌う姉、どんだけ待たせるんだとの弟とマウントジョイ、自制を促すエセックス公の妻。
しまいには、女王はお歳だ、時間はどんどん彼女の手から流れ去ってしまう・・・・と3人は急ぐように歌い、ひとり妻は、ともかく慎重にと促す。

 ③ホワイトホール城の大広間 エセックス公の主催の舞踏会
パヴァーヌから開始。やがて公夫妻、マウントジョイとペネロペ入城。
夫人は豪華絢爛なドレスを纏っていて、マウントジョイにペネロペは、弟があれを着るように言ったのよとささやく。
ダンスはガイヤールに変わり、4人はそれぞれにパートナーで踊ります。
 そこに女王がうやうやしく登場。彼女は、エセクス公夫人を認めるなり、上から下まで眺めつくす。
彼女は今宵は冷えるから体を温めましょうと、イタリア調の激しい舞曲ラヴォルタをと指示。
音楽は、だんだんとフルオーケストラになり、興奮の様相を高めてゆく。
 ダンスが終ると、女王は、婦人たちは、汗をかきましたからリネン(下着)を変えましょうと提案し、それぞれ退室。その後も、モーリス諸島の現地人のダンス。
しかし、レディたちがもどってくるが、エセックス公夫人があの豪華な衣装でなく地味なまま飛び込んできて、さっきの服がない、誰かが着てると騒ぎ立てる。
そのあと、女王が大仰な音楽を伴って戻ってくる。
そのドレスは、なんとエセックス公夫人のあの豪華な衣装。
しかも、体に合わず、はちきれそう。
唖然とする面々にあって、婦人は顔を手でおおって、隅に逃げ込む。
屈辱を受けながらも、怒りに震える夫と、姉、マウントジョイには、それでも気をつけてね、相手は女王なのよ、とたしなめる健気な夫人。
 お触れの、お出ましの声で、元のドレスに戻った女王が登場。
エセックス公に、近衛隊長ラーレイが、大変な名誉であると前触れ。
そして女王が、「行け、行きなさい、アイルランドへ、そして勝利と平和を持ち帰るのです」とエセックス公に命じ、手を差し出す。
うやうやしく、その手をとり、エセックス公は感激にうちふるえ、「わたしには勝利を、貴女には平和を」と応えます。
明日、あなたは変わります、そして今宵はダンスを!クーラントを!
女王の命で、オーケストラはクーラントを奏で、やがてそれは白熱して行って終了。

第3幕

 ①ノンサッチ宮殿 女王のドレッシングルーム。
メイドたちのうわさ話。3つのグループに分かれて、オケのピチカートに乗ってかまびすしい。エセックス公のアイルランド遠征失敗のことである。
そこに当の、エセックス公が息せき切ってやってきて、女王にいますぐ会わなくてはならないという。
女王は、まだ鬘も付けず、白髪のままで、何故にそう急くのか問いただすものの、エセックス公はいまある噂は嘘の話ばかりと、まったく当を得ない返答。
何か飲んで、お食べなさい、そしてリフレッシュなさい、とエセックス公をたしなめ帰すエリザベス。
待女とメイドたちの抒情的で、すこし悲しい美しい歌がそのあと続く。

 秘書長官セシル卿を伴って女王登場。
セシルは、アイルランドはまだものになっておらず、しかもスペインやフランスの脅威も高まってますと報告。女王は、これ以上彼を信じることの危険を感じる。
女王は命令を下します。「エセックス公を管理下におき、すべて私の命に従うこと、アイルランドから引き上げさせ、よく監視すること。まだ誇りに燃えている彼の意思をつぶし、あの傲慢さを押さえこむのよ、わたくしがルールです!」と。

 ②ロンドンの路上 盲目のバラッド歌手が、ことのなりゆきを歌に比喩して歌っている。
少年たちは、セシルやラレーのようになろう、と武勇を信じ太鼓にのって勇ましく行進中。
エセックス擁護派は、王冠を守るために働いているのだ、女王は年老いたと批判、かれが何をしたのか・・・と。
バラッド歌手は、反逆者だと?彼は春を勘違いしたのさ、と。

 ③ホワイトホール宮殿 エセックス公の公判
セシルとラレーは、彼がまだ生きていることが問題と語っていて、女王が入廷すると、エセックス公に対する処刑命令が宣告される。その最終サインは女王。
「彼の運命はわたくしの手にゆだねられたのね、サインはいまはできない、考えさせて・・」と女王は判断を伸ばすが、セシルは、恐れてはいけません、と迫る。
女王は、「わたくしの責任について、よけいなことをいうのでありません」とぴしゃりと遠ざけてしまう。

ひとりになった女王は、哀しい人よ、と嘆く。
そこへ、ラレーが、エセックス公夫人、姉、マウントジョイを連れてくる。
彼らは、女王にエセックス公の助命を懇願にやってきたのだ。
まず、夫人がほかの二人に支えられて進み出て、「あなたの慈悲におすがりします。わたくしのこのお腹の子とその父をお救いください」と美しくも憐れみそそる歌を歌う。
これには、女王も心動かされ、嘆願を聞き入れる気持ちに傾く。
 その次は、エセックスの姉ペネロペが進み出て語る「偉大なエセックス公は、国を守りました・・」、その力はわたくしが授けましたと女王。姉は、まだ彼の力がこのあなたには必要なのですと説くと、和らいだ女王の心も、一挙に硬くなり、なんて不遜なのだ、と怒りだす。
食い下がるペネロペにさらに怒り、3人を追い出し、執行命令書を持ってこさせ、サインをしてしまう。

この場面での悲鳴は、エセックス公婦人、オーケストラはあまりに悲痛な叫びを発します。
ここから、音楽は急に、暗く寂しいムードにつつまれます。

女王は、大きな判断をして勝利を勝ち取りました、しかし、それは虚しい砂漠のなかのよう、と寂しくつぶやく。

遠くでは、エセックス公が、死の淵にあるいま、みじめなこの生を早く終わらせることが望みです・・・・。とセリフで語る。
以下は、セリフの場面が多く、音楽は諦念に満ちた雰囲気です。

女王は、自分はわたくしの目の前で、最後の審判をこうして行ってきました。王冠に輝く宝石は国民の愛より他になく、わたくしが長く生きる、その唯一の願いは、国の繁栄にほかなりません、と語る。
 外では、群衆の喝采が聴こえる。

  「mortua, morutua, mortua, sed non sepulta!」
 
女王がつぶやくように歌うこちら、ラテン語でしょうか、意味がわかりません。

セシルが再びあらわれ、女王に早くお休みになるように忠告するが、女王は、女王たるわたくしに、命令することはおやめなさい。それができるのは、わたくしの死のときだけと。
そしてセシルは、女王の長命をお祈りしますとかしこまります。

弦楽四重奏と木管による、1幕でエセックス公が歌った寂しげな旋律のなか、女王は「わたくしには、生に執着することも、死を恐れることも、ともに、あまり重要な意味をいまや持ちません」と悲しそうに語る。

ハープに乗って静かに
「Green leaves are we,red rose our golden queen・・・・」が、合唱で歌われ、それはフェイドアウトするように消えてゆきます。



舞台では、ひとりにきりになった女王が立ちつくし、やがて光りも弱くなり、暗いなかに、その姿も消えていきます・・・・・・。

                    


このような、寂しくも哀しい結末があるオペラで、楽しい劇中劇や舞踏のシーンはあるものの、たしかに祝賀的な内容ではありません。

老いから発せらる女王の嫉妬や、時間のないことへの焦り。
そして、ある意味、醜いまでのその立場の保全。
さらに、重臣たちの完璧さが呼ぶ、あやつり人形的な立場。
しかし、これがグロリアーナ・エリザベス1世の晩年の現実で、ブリテンは、エリザベス1世の人間としての姿を、正直に描きたかったのに違いありません。

ブリテンのオペラの主人公たちが常に持つ、その背負った宿命や悲しさ、そしてそこから逃げられない虚しさ、
あがいても無駄で、そこにはまりこんでしまい、もがく主人公たち。
でもやがてその宿命を受け入れ、ときには死を選ぶ。
その彼らへの、愛情と同情、そしてそれが生まれる社会への警告と風刺にあふれたブリテンの作り出したオペラの世界。

クィーンだったエリザベス1世に対しても例外でなかったのです。

当然に、当時の保守的な英国社会は、ふとどきな作品としてネガティブキャンペーンをはります。
音楽業界も、完全にスルーして、通例だった作者自身の指揮によるデッカへのレコーディングも、この作品ばかりはなされなかったのでした。
ブリテンも、わかっていたかのように、静かにその評価を受け止めます。

しかし英国は、ブリテンを最大級のオペラ作曲家として次も評価し、ブリテンも傑作を次々と編み出す。
チャールズ・マッケラスが録音でこの作品に光をあて、2013年のエリザベス女王在位60年にコヴェントガーデンで、上演もされました。
そのときの上演が今回のDVD 。

わたくしは、コロナ禍のオペラストリーミングでこちらを観劇し、あまりにステキな上演だったものですから、本盤を入手しました。

当時の衣装をそのままに、さらに鮮やかな色彩をほどこした絢爛たる舞台。
しかし、リチャード・ジョーンズは時代を1953年に戻して、劇中劇としました。
若きエリザベス2世、現女王もオペラの最初と最後に登場します。
また、英国王室の歴代の移り変わりを冒頭にしゃれた演出にてもってきまして、王室へのリスペクトとしております。
劇中劇仕立てなので、装置も舞台のなかの舞台みたいで、適度にデフォルメされていて、モニュメント化された小道具も見て、推察して考えをめぐらす楽しみもあります。
リチャード・ジョーンズの舞台は新国や二期会、DVDでもそこそこ見てきましたが、背景や壁紙の使い方が実によろしく、スタッフたちのセンスの良さが常にひかります。
オペラの中に仮面劇があるのですが、劇のなかの劇のなかのこれまた劇が、とてもおもしろくて、群衆のカラーリングや農産物などまったくおもしろかった。
 さらに、ブリテンの筆が冴えまくる舞踏会の場面も、女王が嫉妬したエセックス公夫人の黄色いドレスがとても素敵で、旦那も黄色で、ほかの人物たちは黒、色の対比が鮮やか。
ルネサンス風の舞踏から熱狂へ向かうブリテンの音楽が、こうして舞台を伴うと最高にスリリングだった。
 3幕からは暗い影が忍び寄り、女王も老いさらばえ、果断の判断もおぼつかないし、悩みのなかに、国のためになすことを判断するシーンは光と影を巧みに使った迫真の舞台となっている。

ワーグナーソプラノとして何度か聴いたことのあるスーザン・ブロックの体当たり的な演技と、エキセントリックな歌い口も織り交ぜた迫真の歌唱がまったく素晴らしい。



あとトビー・スペンスは、まさにあたり役。
リリックな英国テナーのいまや代表格となったトビーは、先ごろフィンジの歌唱を絶賛したばかり。

ボルドーオペラで活躍中のP・ダニエルの暖かい目線の通った指揮は、こうしたリアルなオペラにはぴったり。

このオペラのラストシーン、やはり寂しい、泣けます。
孤独とはこういうものなのだろうと。
そして、この演出で現女王がふたたび登場するラストシーンは、あまりにも素晴らしいし、まさにグロリアーナへの敬愛の賜物でありました。



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こちらは1953年の初演時とガラコンサートのコヴェントガーデンのバルコニーでの女王陛下。

こちらでその貴重な記録が確認できました。

https://www.youtube.com/watch?v=m-tWBZgbvyM


                 (BBCより拝借)

エリザベス女王のご健康とご多幸を末永くお祈り申し上げます。

英国と日本の結びつきもますます強固になりますことを願います。

過去記事

「マッケラス指揮 グロリアーナ」


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2022年5月28日 (土)

シューベルト 「美しき水車小屋の娘」 シュライヤー



春から初夏にかけての野辺は、少し荒れ気味だけれど、こうした野放図な自然さがあるから美しい。

グリーンでブルーな感じが好き。



  シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」

     テノール:ペーター・シュライヤー

     ハンマークラヴィア:シュテフェン・ツェール

         (1980.2 @ウィーン)

31歳で亡くなったシューベルト(1797~1828)、同様に詩人のヴィルヘルム・ミュラー(1794~1827)も33歳になる数日前に世を去っている。
活動時期もかぶるこの二人、実際に相まみえたことはないようだが、ほぼ一体化したミューラーの連作詩とシューベルトの歌曲集には、主人公の粉ひき職人を目指す「ぼく」と相棒の「小川」に「水車小屋」、そして愛する「娘」といった主人公たちに加え、「田園」「水」「花」「緑」といったモティーフたちが、極めて叙事的に描かれているように思う。

ベートーヴェンの田園は牧歌的であり、自然と語る風情があるが、シューベルトの水車小屋はドラマであり、自然と人間が一体化してしまい、死すらともにしてしまう。
ゲーテのヴェルテルが、当時の若者に与えた影響は大きかったと言われるが、水車小屋の詩と音楽に感じる「死の影」というものは、いまの現代人の感性からしたら、とても推し量ることのできないものでもある。

元気に意気揚々と旅に出た若者が、恋をして、嫉妬をして、自暴自棄になり、やがて絶望して静かに死を選ぶ。
こんなストーリーのなかで、わたくしが好きな7曲目「いらだち」と、悲しいけれど18曲目「しおれた花」。
恋をして舞い上がった心持ちで、何度も「Dein ist mein Herz」わが心はきみのものと歌うところが好き。
こんどは、辞世の句を訥々と歌うかのように、しおれ、色褪せた花たちを歌う、この寂しさも好き。
ともにこの歌曲の二面の心情であり、シューベルトの音楽の神髄を感じさせると思います。

ペーター・シュライヤーは、これら2篇を選んで聴いただけでも、そのお馴染みの声でもってわれわれを惹き付けてやみません。
2年半前に亡くなってしまったシュライヤーには、水車小屋の録音は4種あります。(たぶん)
最初がオルベルツ(71年)、ついでギターのラゴスニック(73年)、ついでハンマークラヴィアのツェール(80年)、最後はアンドラーシュ・シフ(89年)

シューベルト当時の市井の仲間内で、さりげなく手持ちの楽器を伴奏にして歌ったかのようなギター版。
NHKテレビで放送もされたのでよく覚えてますが、シュライヤーはギターの横で座って、語りかけるようにして歌ってました。
次は、シューベルト当時のピアノ、いまでいえば古楽器ともいえるハンマークラヴィアと録音したのが本日のCD。
ピアノのような多彩な音色でなく、朴訥かつ地味な色合いで響きも少なめで、滑らかさはなくギクシャクして聴こえる。
でもどこか懐かしいレトロな感じは、かつて日本のどこでもあったような田んぼやあぜ道、おたまじゃくしがいるような小川をどこか思い起こしてしまった。
実際に子供時代は、そんな田園や野辺で遊んだものだ。
想像の広がりも甚だしいが、水車小屋のピアノをハンマークラヴィアで聴くというのも、そんなオツな感じだったのです。

70年代までのシュライヤーは、清潔で端正な歌いまわしで、劇的な要素というのは過度ではなかったが、70年代後半からオペラでもミーメやローゲを歌うようになって表現の幅が大きくなりました。
でも、ここで聴くシュライヤーの声は70年代の録音で聴き親しんだ優しく、誠実な歌に変わりはない。
ドイツ語を聴くという語感を味わう美しさもここにはある。



雨上がりの新緑と青空が窓の外に見えます。

こうして聴いた、この時期ならではの「美しさ水車小屋の娘」、目にも耳にも優しいものでした。

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2022年5月21日 (土)

ヘンデル オラトリオ「復活」 ミンコフスキ指揮



5月の始めは五月晴れにめぐまれ、吾妻山の満開のつつじも実に大空に映えておりました。

この時期、蜂さんも、つつじの甘い香りに誘われ、活動全開で、ことに熊蜂はフレンドリーなくらいに近寄ってくるし、羽音も元気!

すべてのものが活気づくこれからの季節です。

受難節のあとは復活。

遅ればせながら、マタイのあとを引き継ぐような、キリストの復活をモティーフにしたヘンデルのオラトリオを。



  ヘンデル オラトリオ「復活」HWV47

    天使:アンニク・マシィス
    マグダラのマリア:ジェニファー・スミス
    クロパのマリア:リンダ・マグィレ
    ヨハネ:ジョン・マーク・エインズリー
    悪魔ルシファー:ローラン・ナウリ

  マルク・ミンコフスキ指揮 ルーブル宮音楽隊

           (1995.4 @サル・ワグラム、パリ)

ヘンデル2番目のオラトリオ。
のちの「メサイア」の最後の場面の復活をさらに描いたこの作品は、イタリア時代の初年、初のオラトリオ「時と悟りの勝利」に次いで、ヘンデル21歳の1706年に作曲を始め、1708年4月にローマのルスポリ宮殿で初演されている。
その初演の指揮は、かのコレルリであります。
台本は2部に分かれており、磔刑の後の2日目と3日目の間の出来事を描いている。

ヘンデルの初期作でもあるこの復活オラトリオは、新鮮さと活力をもった作品で、復活という喜びの爆発にあふれた若々しい音楽だと思います。

ローマで教皇がオペラ禁止令を出したため、オラトリオの形式に隠れながらも、オペラ的なドラマを伴っていて、ある意味神聖なオペラともみなされる。
闇と光の双方の登場人物の戦いで、その描写は独唱者によってなされ、ソロイストを伴ったオペラ・オラトリオ的な存在になっているので、なおさらにオペラ風。
36年後の「メサイア」に比べると、スケール感と出来栄えの緻密さにおいて比較にはならないが、繰り返しますが、その若やぎと輝かしさはとても魅力的で、このあと書かれるオペラ「アグリッピーナ」にも旋律が使われていることから、同オペラを昨年聴きまくったワタクシですから、とても親しみを覚えたりもした次第です。

解説書によると、ヘンデルはローマカトリック教会に改宗させるという試みに抵抗したが、その音楽はスカルラッティやアントニオ・カルダーラなどのイタリア作曲家のスタイルの影響は見られるといいます。
もう1つの影響としての楽器編成で、おそらく約21のヴァイオリン、4つのビオラ、ビオラダガンバ、5つのチェロ、5つのコントラバス、4つのオーボエ(リコーダーとフルートでも2倍)、2つのトランペット、オルボで構成された当時にしては大きな編成、とありました。

2つの部分で構成され、イタリア語で書かれたテクストは五人の登場人物のアリアとレチタティーヴォ、ふたつの部分の最後の合唱からなります。

超自然的な領域では、悪魔くんのルシファーはイエスの死の功績は何なのかと要求しますが、より積極的な天使はそれが人類へのあふれる愛から自ら選んだ犠牲であると主張する。
ルシファーは最終的に敗北を認めなければならず、第2部では地獄の黒い穴の最深部に自ら落ちゆき敗北となります。

これにからませる地上の人間界では、マグダラのマリアとクロパのマリアがイエスの死を悼み、第1部では復活が迫っている聖ヨハネに説得され安心を保ちます。
墓がすでに空となっているのを確認したふたりのマリアの前に、天使があらわれ、人々に告げよと伝えるが、マリアたちはイエスを実際に見なければとその姿を探す。
ヨハネは、聖母マリアから息子イエスが自分のもとにあらわれたことを聴いたとクロパのマリアに伝え、さらにマグダラのマリアは、復活したイエスを実際に見たと語る。
ここで、3人はイエスの復活を確信し、賛美する。

ざっと、このような2時間あまりの復活劇です。

繰り返しますが、復活の喜びは音楽面でも耐えがたく出ており、ルシファーでさえ、いい人に聴こえます。
実際に舞台にかけたとしたら、しかしこの筋立てでは陳腐化はまぬがれないかも・・・

悪魔さんと、天使さまの会話はおもろいですよ(笑)

アルフィーフレーベルにヘンデル作品ばかりか、グルック、ラモー、リュリまでも集中して録音していたミンコフスキの指揮は、冴えまくり切れ味抜群。
そしてこの音楽の若々しさも見事に表出し、当時きっとこんな風に響いたであろう驚きと説得力にあふれていて見事。
いまでこそ、こうした演奏スタイルはあたりまえとなったので、これがオーセンティック。
さらなる先を求める演奏は、研究成果や発見作業が出尽くしてのちに、また現れるかもしれないが、わたくしは、もうこれで十分。
極めて音楽的であり、奇抜さはもういらないと思うバロック期の理想的演奏スタイルです。

お馴染みナウリのルシファーが美声でいい人すぎるが、悪を感じさせない最初のアリアなんて聞き惚れちゃいます。
これもまた耳に親しんだエインズリーのヨハネ、ジェニファー・スミスのマグダラのマリアも素敵なもので、節度あるイギリス系の歌唱は安心できます。
ヘンデルの与えたアリアがリズミカルだし、ノリがいいものだから、ルシファーが聴きごたえがあり、天使さんはほんのりしすぎて聴こえるのがやや残念かな。
でも、ブロックフレーテと中音の通奏低音を伴った天使の歌は、暖かくほんわかとします。

メサイアと連続して聴くもよし、バッハの受難曲のあと、厳しさに疲れたあとのお口直しに聴くもよし、ヘンデルの「復活」、いい曲です。



梅雨前から雨の多いこのところの関東。

貴重な晴れ間とツツジが美しかった連休。



つつじの色合いは、あでやかですな。

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2022年5月14日 (土)

テレサ・ベルガンサを偲んで



スペインの名花と呼ばれた、テレサ・ベルガンサが亡くなりました。

2022年5月13日、マドリード近郊にて、89歳でした。

こちらの画像は、スペイン政府の国立舞台芸術音楽研究所のツィートを拝借しました。

オペラでは、モーツァルトとロッシーニ歌いとしてメゾでありながらケルビーノ、ロジーナ、チェネレントラなどの決定盤的な録音を残したことだけでも偉大な存在です。
アバドのファンとしては、若き日のアバドのロッシーニには、ベルガンサの存在はなくてはならないものでした。



装飾過多のロッシーニ演奏に一石を投じたアバドの初オペラ録音は、躍動感とともに透明感としなやかさにあふれたものでした。
そこにピタリと波長を合わせたかのようなベルガンサの清潔かつ、ほんのり感じる色香ある歌唱。
久々に聴きなおしても、すっきりした気分になれる歌唱にオケでした。
セビリアのロジーナも同じくして70年代のロッシーニ演奏の最高峰だと思う。
ベルガンサにはデッカへの旧録音もあり、まだろくに聴いたことがないので、そのヴァルビーゾ盤を手当てしたいと思います。



新しいカルメン像を打ち立てたベルガンサは、初のカルメン録音にもアバドを選びました。
当初、ショルティ&パリ管と録音すると噂されましたが、ベルガンサが体調を崩したとかで、ロンドンでトロヤノスとの録音になったことはご存知のとおりです。
このブログでも何度も書いてますが、DGがアムネスティのために豪華アーティストによるオペラアリア集を出しましたが、そこでベルガンサは、クーベリック&バイエルンとハバネラを歌い、これが初カルメンとなりました。
豪華絢爛の出演者たちの綺羅星の歌唱のなかにあって、ベルガンサのカルメンは実に香り高い歌声で、当時、カラスやホーンなどの強いカルメンしか知らなかった時分には、実に新鮮なものに聴こえましたね。
同様にクーベリックの鮮烈な指揮も印象的でした。
 そして、ほどなく登場したアバドとの全曲盤。
アバドとの共通認識のもとに生まれた「ベルガンサのカルメン」は、レコ芸では「カルメン像の修正」と評された。
自分の過去記事~「カルメンの既成概念からの解放。
先にわたしが書き連ねた運命の女カルメンは、ベルガンサが歌うと、もっと女性的で明るくハツラツと息づくひとりの女。
そして、宿命の死へと淡々と運ばれてゆく女。」





DGとデッカの追悼ツィート。

イエペスとのスペイン歌曲や、ファリャ、コジなど、まだまだ聴いていないベルガンサの歌はたくさんあります。
亡き名歌手を偲びつつ、それらを揃えていく楽しみも残されてます。



テレサ・ベルガンサさんの、魂が安らかなること、お祈りしたいと存じます。

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2022年4月30日 (土)

フォーレ レクイエム A・ディヴィス



桜満開のときの小田原城。

ライトアップされた城と桜を見てきました。



高校時代を小田原で過ごしたけれど、お城に登城したのはほんの数回。
むしろ幼稚園や小学校の時の方がよく行っていた。
学校が終わると、音楽が早く聴きたくてお家にまっしぐらだった。



いまや、観光地となった小田原だし、箱根の玄関口として訪れる方もたくさん。

小田原といえば、みなさん海鮮やおでんということになりますが、たしかにそれらは美味しいけれど、城下町グルメはういろうという和菓子とあじの干物に、かまぼこ。
あと、自分の思い出はレトロな昭和のデパートと喫茶店、そこで食べたホットドッグ。
そして「名曲堂」という名のレコード店。
レコードは名曲堂と、ナックというショッピングセンターにあったレコード店。

フォーレレクイエム

これほどに優しく、心の空白感や喪失感をなだめてくれる音楽はない。
と同時に哀しくないときも、心の平安を呼び覚ましてくれる音楽。

フォーレの音楽は、多くは室内楽作品やピアノ、歌曲などに佳作が多いが、いわゆるフランス音楽的なエスプリとともに、どこか没頭感のある陶酔してしまうようなパッションのようなものも感じる。
フランスはラテンなのだ。

昨今のフランスという国をみているとつくづくと思う。
植民地統治の名残から他民族国家でもありつつ、熱いパッションは変わらない。

一方で、何年か前にノートルダム寺院が火災にあったとき、フランスの人々の悲しみや喪失感を見たときに、カトリック教徒としての熱き信仰心あふれる姿も見ました。
真摯な祈りが基調の音楽は遠くルネサンス期からバロック期までさかのぼり、営々としていまにいたるまで優美ななかに感じ取ることもできると思います。

滋味にあふれるフォーレ独特の陶酔感があふれるレクイエム。

人が無意味に亡くなりすぎる悲しみの連鎖。

フォーレを無性に聴きたくなり、ニュートラルで優しいアンドリュー・デイヴィスの若き頃の演奏で聴く。



  フォーレ レクイエム

    S:ルチア・ポップ

    Br:ジークムント・ニムスゲルン

 アンドリュー・デイヴィス指揮 フィルハーモニア管弦楽団
                アンブロージアンシンガーズ

       (1977.7 @オール・セインツ教会)
  ※ジャケット画像は借り物です

いまや、英国音楽界の重鎮となったサー・アンドリュー。
指揮活動も50周年を数年前に迎え、コンサートとオペラに味わいのある演奏をいくつも残してます。
地味な印象が先行しがちですが、はったりのない誠実な演奏が、作品の本質を素直に引き出し、大いなる感銘を与えることもしばしです。
昨今の英国音楽の貴重な録音の数々は、ヒコックスやハンドレー、B・トムソン亡きあと、貴重な存在であるとしかいえません。
英国人ではないですが、現BBC響の指揮者としてその任期も延長したサカリ・オラモ、ブラビンス、ウィッグルワース、ジョン・ウィルソンらとともに私の信頼する英国音楽の担い手であります。

ことさらに、多くを語らず、優しい語り口でそっと素直につぶやいてみたような演奏。
イギリスのオケと合唱であることも多弁にならずにいい。
このコンビで、数年前にはデュリュフレのレクイエムの名演も録音している。

のちに、ウォータン歌手となりニムスゲルンも、ここではアクの強さは控えめに、柔らかな歌唱に徹していて好感が持てる。
あとなんといっても、ルチア・ポップの楚々たる、ほどよき甘き歌い口。
ポップの声が大好きな自分にとって、まさに天国からの歌声に聴こえる・・・・

前にも書いたが、人は死ぬ時に、麻薬の症状にも似た、体を麻痺そして高揚させる何かを分泌するとかいうことを読んだことがある。
美しく平安に満ちて亡くなるご尊顔が多い。
神様がすべてを解き放つように仕向けてくれるのだろうか。

フォーレの美しすぎるレクイエム。



あざといぐらいの色合いのイルミネーションで城門もあでやか。

でも桜は、こんなふうに鮮やかに脚色しても美しい。

何十年かぶりに、子供時代、青年時代を過ごしたエリアで暮らすようになった日々。

思い出の連鎖はやはりとどめようがない。

さまよえる自分はここにとどまり、終止符を打つのだろうか・・・・

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2022年4月15日 (金)

バッハ マタイ受難曲 マウエルスベルガー指揮



芝増上寺の子育地蔵、子供の無事成長、身体健全、水子供養のために、1300体のお地蔵が安置されてます。

桜吹雪を起こす風が、お地蔵さんの風車もからからと回し、彼岸の域の様相を呈します。

拝む神様は、世界でさまざまなれど、その祈る心は同じ。



3月の最終日、東京生活のピリオドを打ちに参上し、もう終わりかけた増上寺の桜を見てまいりました。



  バッハ  マタイ受難曲 BWV244

   福音史家:ペーター・シュライアー 
   イエス:テオ・アダム
   ペテロ:ジークフリート・フォーゲル
   ユダ:ヨハネス・キューンツェル
   ピラト:ヘルマン・クリスティアン・ポルスター

   アルト:アンネリース・ブルマイスター  
   ソプラノ:アデーレ・シュトルテ
   テノール:ハンス・ヨアヒム=ロッチェ  
   バス:ギュンター・ライプ
  
  ルドルフ・マウエルスベルガー指揮 
    ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
    ライプチヒ聖トマス教会合唱隊
    ドレスデン十字架教会合唱隊

        (1970 @ルカ教会 ドレスデン)

2022年のイースターは、4月17日。
キリストが磔刑にあった、聖金曜日は15日ということになります。

人類にとっての至芸品ともいえる、バッハのマタイ受難曲。
今年ほど、この音楽が人類への警鐘とも聴こえる年はないのではないか。

キリスト者からみた、人類の救い主たるイエスの受難の物語。
新約聖書のドラマテックなクライマックス、イエスの呪縛と、磔刑にいたる緊迫の物語。
自身を鏡で映しだされてしまうかのような、心の内とその存在の弱さをバッハは厳しくも音楽で優しく描きつくした。
そこに共感することで、宗教を超え、人間としての存在の深淵をのぞきこめる普遍的な価値をここに見出す。


中学生のときに聴いたリヒターの、最後の合唱「Wir setzen uns mit Tranen nieder」。
そこから始まった、わたくしの、マタイ歴はワーグナーとディーリアス同様に長い。
同時に聖書を物語的に読むにつれ深まる疑問とそこにある不変の感銘。
1974年、H・リリングが初来日し、そのときのマタイをテレビやFMで視聴したことが初の全曲体験で、アダルペルト・クラウスの福音史家も思い出深く、テノールのこの役柄がバッハのこの音楽にとっていかに大切なものであるかも、このときに痛感したものだ。
リリンクのあの時の演奏は、マタイを知るきっかけとなった一方、多くの方がそうであるように、リヒターの峻厳な演奏が、マタイのひとつの指標になっていて、それをベースに他の演奏を聴くということが自分でも起きていたと思う。

1972年にレコード発売されたマウエルスベルガー盤は、レコ芸で見てからずっと気になる存在だったけど、もちろんその頃は4枚組のそんな大曲など遠い存在すぎて、聴くすべもなかった。
その後、ずっと忘れていたマウエルスベルガー盤が無性に聴きたくなったのは、ここ数年のことで、昨年、ようやく入手して静かに楽しむこと数日、そしてほんとうに飽きのこない、でもこれと言って大きな主張もないこの演奏がとても好きになりました。

兄弟でバッハの守護者のような存在だった、ルドルフとエールハルトのマウエルスベルガー氏。
全体の指揮をとった兄ルドルフはドレスデンで、弟エールハルトはライプチヒでそれぞれ活躍し、この録音でも双方の教会合唱隊の指導を行ってます。
ルドルフ・マウエルスベルガーは、この録音時81歳で、翌年に亡くなってますので、ピンポイントでほんとうにいい時に録音されたものです。
 ここに名を連ねる、当時の東ドイツ側の歌手たちも、いまや物故してしまった。
ドイツ的なるものを宿していた時期のバッハは、いまのインターナショナル化してしまった旧東ドイツ系のオーケストラでは聴かれない、いい意味での古雅な響きを持っているし、ドレスデンのルカ教会での録音も、まさにこの時期ならではの響きがする。

おそらくバッハにその人生の大半を帰依し、ともにあったマウエルスベルガー兄弟。
リヒターのような強い主張はここではまったくなく、淡々とバッハの音楽が流れゆくのみで、群衆の「バラバ」「十字架に」という言葉も劇的になることなく、必然としてのように歌われるし、ペテロの慟哭のあとのアリアも物静かに進行する。
マウエルスベルガーのマタイは、バッハの音楽そのものしか感じることができず、指揮者の存在や関与を感じさせないという点で稀有の存在なのではないかと思う。
名のある歌手たちも、指揮者の元に極めて禁欲的につとめていて、名エヴァンゲリストとなっていくいくつもあるシュライアーの録音のなかで、これが一番素晴らしいと思う。
過剰な歌いこみのない、ペテロの否認の場面は極めて感動的。
テオ・アダムとブルマイスター、バイロイトでウォータンとフリッカのコンビだったふたりも、抑制された歌いぶりで、いぶし銀的な味わいがあり、ほかの歌手たちも同様。

オーケストラ、独唱、合唱、少年合唱、録音チームのひとりひとりまで、バッハを歌い、演奏するという長き伝統に裏打ちされたひとつの理念でもって統一感があって、何度もいうが、渋いけれど、なにも起きないけれど、普通に素晴らしい演奏だと思うのであります。
リヒター、レオンハルトとともに座右においておきたい。

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花曇りだけど、増上寺と東京タワーに桜は映えます。

東京タワーの横には、ロシア大使館の前に建設中のビルがだんだんと出来上がってきて、正直言って、景観をそこねている。
日本一の高層ビルになるようで、そのようなもの、もういらないとホント思います。
いろんなところでビルの工事中であった東京を去り、何もない場所に帰ってきてほぼ1か月。
毎日、窓の外が額縁みたいです。

 

次に聴きたいマタイは、アバドとベルリンフィル。

イタリアのレーベルから限定で出ていたが、あまりに高額で手も足もでない。

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2022年4月10日 (日)

アンサンブル ラディアント 第23回定期演奏会



神奈川県二宮町の町営生涯学習センター「ラディアン」。

そのメイン施設が「ラディアンホール」で531席のコンパクトなサイズです。



このホール開設時に創設されたのが、湘南・西湘地区のアマチュアとプロの奏者たちの皆さんによるアンサンブルラディアントです。

創設者の白井英治さんはずっとこの楽団のコンサートマスターを務めていらっしゃいましたが、残念ながら昨年お亡くなりになりました。

小田原の高校を出た私ですが、そのころ、小田原フィルハーモニーにちょっとしたご縁で打楽器で出演することとなりました。
そのときの客演ソロ奏者が、当時読響におられた白井さんでした。
ラロのスペイン交響曲がその演目でした。

白井さんのご家族もそろって音楽家でして、引き続きこの楽団のメンバーです。
そして娘さんの白井彩さんが、今後団長を引き継いでいかれます。
ラディアンという素敵な響きを持つホールとともに、地元に根差した活動をこれからも是非期待したいと思います。



 第22回 アンサンブル ラディアント定期演奏会

       ~音楽とめぐるヨーロッパ~

  グリーグ   二つの悲しき旋律
          
          胸のいたで、過ぎし春

  ウォーロック  カプリオール組曲

  ヴァイネル   ハンガリーの古舞曲によるディヴェルティメント

  メンデルスゾーン 弦楽八重奏曲 変ホ長調 ~弦楽合奏版~

  ガーシュイン  ララバイ ~アンコール

      アンサンブル ラディアント

      ゲストコンサートマスター:白井 篤
      賛助出演:松本 裕香
           ソモラ・ティボール 
           百武 由紀
           安田 謙一郎
           藤村 俊介  

      (2022.4.9 @ラディアンホール 二宮町)

追悼をこめて演奏されたグリーグは、晩春にさしかかり、まさに桜の散る季節に相応しい音楽と演奏でした。
北欧から始まったい欧州の旅は、透き通るような哀しさと自然の美しさを味わいました。

ついで、悩める作曲家でディーリアスの研究家でもある本名ヘセルタイン、ウォーロックの組曲。
ウォーロックは36歳の自らの命を絶った謎多き作曲家で、「たいしゃくしぎ」という絶望の深淵をのぞいてしまったような歌曲が昔から好きなのですが、それと真反対のルネサンス調のゆかしき舞曲集は、英国王朝の伝統と格式、そしてユーモアも感じさせる音楽。
実演で聴くのは初めてでして、軽やかでしなやかな演奏でありました。
北欧から英国へ行くと、そこは格式豊かな社交の場で、お紅茶でもいかが?という感じになります。
でも英国はタダモノでないですな、表面はそうでも、英国音楽も深すぎる。

さて次はハンガリーのヴァイネルという作曲家の作品で初聴きでした。
ここでは、自国の音楽と言うことでソモラ・ティボールさんがコンマスに。
そして、立奏となりまして、音の圧と自在さがより高まることとなりました。
5つのハンガリー風の舞曲は、なかなかに味わい深く、かつ濃くて独特な響きを醸し出してました。
こういう音楽は、日本人が聴いても血が騒ぐといいますか、リズムを取って動きたくなるもんでして、ホールも熱い雰囲気に満たされましたし、ティボールさんに導かれた奏者のみなさんも、ノリノリで体を大きく動かしながら、アイコンタクトをしながらの熱演ぶりでございました。
東欧の国、ハンガリーに行くと、血の濃さといいますか、民族色が音楽にモロに反映されている感じがします。

後半は、音楽の本場ドイツへ到着。
メンデルスゾーンはユダヤ系だけれども、本物のドイツロマン派の中心人物であり、その伸びやかで明るい音楽は、いつでも癒しになり、そして温暖でうららかな町、二宮にぴったり。
メンデルスゾーンはメロディーメイカーだと、この曲の1楽章を聴いてつくづくわかるし、なんたって17歳の頃の作品とは思えない。
一度聴いたら忘れられないメロディーだと前から思っていたけれど、弦楽合奏版で聴くと、さらにスケール感と立体感が増して、より大きな音楽に聴こえました。
それにしても、ホールを満たすアンサンブルラディアンの響きが輝かしくも感じられたのは、メンデルスゾーンの豊かな音楽ばかりでなく、後半に入って皆さんの集中力と音楽にかけた思いが高まり、それが音にしっかり乗って、聴くわたくしたちにしっかり届いたのでした。
終楽章ものめり込んで聴いてしまった圧巻の盛り上がりで、曲の終結とともに大きな拍手が巻き起こりました!
佳曲、佳演とはこのこと。
ドイツに着くと、やはりそこは豊かで深みもあり、音楽の可能性が幾重にもあると感じる、まさに本場でございました。

コンマスの白井さん(ご自身で5号とおっしゃってました(笑))のご案内で、アンコールはヨーロッパで閉めると思いきや、渡米です、と会場を笑わせていただきました。
旅の終わりに、こ洒落て、小粋なガーシュイン。
誰しもがほっこりと笑みを浮かべてしまうステキな作品で、羽毛のようなサウンドで、4人のソロのみなさんの美しい弱音にも聴き惚れましたし、こうした静かな音楽でスゥイングしちゃうのもいいもんだ。
お休みまえのウィスキーを飲みたくなった。
そんな気分にさせてくれた終点のアメリカ。

なんたって平和がいちばん!

アンサンブル ラディアント、来年は何を聴かせていただけますでしょうか。



夕景のラディアン。

奥には新幹線が走ります。



山手には八重桜と、ずっと奥には丹沢山系。



3月の河津桜もラディアンの見どころでした。

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2022年4月 3日 (日)

ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲第3番&5番



春まっさかり。

桜も関東は終盤で、この週末が最後の見ごろ。

移動してきた実家の庭の春紅葉と桜。



寒暖の差が大きく、今年の桜はことさらに美しく感じられました。

不穏な世界も、この桜を愛でて一呼吸して欲しいものです。

今年2022年は、ラルフ・ヴォーン・ウィリアムス(1872~1958)の生誕150年。

あらゆるジャンルに、万遍なく、その作品を残したRVW。
あらがいきれなかった9番までの交響曲に、民謡をもとにしたお馴染みのグリーンスリーブスなどの瀟洒な作品や、タリスなどの管弦楽作品、さまざまな楽器の協奏曲作品、室内楽、器楽に、オペラ7作、そして歌曲や声楽曲も多数。
多作家であり、晩年まで意欲は衰えず作曲を続けた。

その生涯にふたつの世界大戦を体験し、その作品にはその影が大きく落としている。
一方で、そんな陰りなどは、まったく感じさせない、英国の田園風景や自然、そして民謡採取から生まれた懐かしさ感じる音楽もあるし、シネマ的な優れた描写音楽もある。
9曲の交響曲には、そんな多面的なRVWの音楽の姿がしっかり反映されていて、それぞれに分類もできる。

今年、数回に分けてRVWの交響曲をその特徴をおおまかに分類しつつ聴いてみたい。

1回目は、不穏ななかに求めたい自然の優しさを。
しかし、いずれもふたつの大戦にはざまれた作品。



     ヴォーン・スイリアムズ 田園交響曲(交響曲第3番)

       S:ヘザー・ハーパー

   アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

         (1971.1.8 @キングス・ウェイホール、ロンドン)

    ※ジャケットはあまりにステキなものなので借り物で、私のプレヴィン盤は全曲盤
     以下ふたつ記載も以前書いたものに少し手をいれたもの

1922年に
ボールトの指揮により初演。
全曲がゆったりしたモデラートで書かれた、田園を思い描いた心象風景そのもので、平安を求めるより内面的な音楽でもある。


北フランスにいた1916年頃から構想され、そのカミーユ・コローの風景画のような景色に大いにインスパイアされた。
第1次大戦が、しかしこの平和な交響曲に陰りを帯びさせることとなる。
構想から6年、完成した「田園交響曲」は、確かに平和でなだらかな牧歌的なムードにあふれているが、RVW独特のペンタトニックな旋律は、物悲しい北イングランド風で、戦争の悲しみをも歌いこんだ戦火で命を失った人々へのレクイエムのようでもある。

木管の上下する音形で印象的に始まる茫洋とした出だしの第1楽章。
徐々に霧が晴れてくるかと思うと、また風景はぼんやりと霞んでしまう・・・。

やはり静やかな第2楽章、長いトランペットのソロは、夜明けを切り裂くような悲しいラッパに聴こえるし戦渦のなかの慄きか、はたまたあまりに儚い夢の中に留まりたい思いもあるかのようだ。
唯一元気のある3楽章は、フルートやヴァイオリンソロ、ハープの涼やかな合いの手が美しいが、ダイナミックな舞踏曲の様相となるユニークな楽章。
そして、この曲最大の聴き所の第4楽章。ティンパニのトレモロのなか、ソプラノ・ソロが歌詞を伴なわずに入ってくる。
このミステリアスな雰囲気で始まる繊細で美しい終楽章は、心の襞に染み入る癒しと安らぎの音楽だ。
優しく、おやすみなさい、お眠りなさいと語りかけるような音楽。
最後に再度、ソプラノが歌い、消え入るように「田園交響曲」は終わる静寂が訪れる。

次項の5番とともに、心優しい音楽づくりのプレヴィンにもっとも相応しい3番。
LSOと残した交響曲全集のなかでも、もっとも最後の方の録音で、オケとも関係性でももっとも緊密だったころ。
若いプレヴィンならではの、柔軟かつ歌にこだわる歌いまわしが心地よい、まさにフィーリングに満ちた演奏。

  ヴォーン・スイリアムズ 交響曲第5番

    サー・ジョン・バルビローリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

          (1962 @ロンドン)

   ※CDが引越し荷物に埋もれジャケット画像はありません。
    PCに取り込んだCDを再生しました
    このCDはサージェントのRWVも聴けるすぐれもの

次の戦争1943年という世界大戦まっただ中に、何故にこのような平和で柔和な作品が残されたのだろうか。
この前の不協和音乱れ飛ぶ不穏な4番(1943)と戦後作品とはいえ、闘争心と暗さみ満ちた6番(1947)というシャープでキツイ交響曲にはさまれた第5番が戦中だったことを思うと作曲者の心中を推し量りがたくなるがいかがだろう。

ヴォーン・ウィリアムズは熱心なクリスチャンだった。
オペラに声楽曲に、宗教を背景とした作品も多い。
第5交響曲をじっくり聴いてみると、RVWが戦火の悲惨さを思いつつ、そんななかで、祖国への愛、とりわけ英国の豊かで緩やかな自然、そして自らの宗教観を重ねてみたのではないかと思う。

「アレルヤ」という、キャロルの旋律が随所に何度もなんども出てくる。
イギリスのキャロルのなかで、もっとも知られたフレーズ

荘重で、まさに教会旋法を思わせる第1楽章。
スケルツォの2楽章。民謡調のパッセージが明滅しつつ、とりとめのない雰囲気。
この交響曲の白眉といえる第3楽章の素晴らしさ。
あまりに美しく儚く、切ない音楽。
ここに、純真な祈りの心も読み取れる。
例のアレルヤも何度もくりかえされる。
この楽章だけでも、ときおり聴くことがある。
わたしが死んだら、この楽章をいくつものリクエストの中のひとつとしてかけてほしい。
宗教感・自然観・人間模様がRVWの中で昇華されたかのような素晴らしいシーンなのだから。
いま、世界に一番聴いてもらいたい音楽。
 最後にパッサカリアとして、快活に始まる終楽章も、後半は全曲を振り返りつつ、3楽章をとりわけ思いおこしつつ、浄化されたかのようにして澄み切った雰囲気で曲を閉じるが、この曲の素晴らしさを集大成したような名残惜しい、そして忘れないで欲しいと語りかけてくるような、身にしみいるようなエンディング。
泣けます。

RWVの交響曲の中では一番好きな作品。
近年、一番演奏されているRWVの交響曲だと思う。
バルビローリはRWVの交響曲をボールトのように、すべて演奏しなかった。
残された録音は、2番(ロンドン)、5番、8番だと思う。
もっともバルビローリ向きの5番をEMI にステレオ録音されてよかった。
録音は古びて聴こえるが、バルビローリの一音一音、慈しむような、かつ熱い指揮は、この音楽の持つ祈りの熱さを伝えてやまない。
3楽章には熱き感動が、ラストシーンには切ないまでの祈りがここに聴かれます。

この5番は演奏会でも、プレヴィンとノリントン、いずれもN響の演奏で聴いてます。
いまこそ、RWVの田園と5番を聴くべし時節です。



おうちから見える桜。

デスクから首を伸ばすと見えるぜいたく桜。

でも散った花びらを掃除するのはたいへんだし、葉が茂ったあとは、虫ちゃんがやってきます。




桜は刹那的に楽しむもので、日本特有の味わいかたも華やかで儚いものです。

コブラ COBRA ツアー ベント アジャスタブル キャップ

この週末は冷たい雨で、次週晴れたら桜吹雪です。

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2022年3月25日 (金)

シューベルト 交響曲第8番「未完成」 ミュンシュ指揮



河津桜とライトアップされた東京タワー。



3月の14日でしたので、もう葉桜になりかけてましたね。



こちらは芝公園の銀世界の梅と呼ばれる梅園から。

この時期に、梅と桜、あとちょっとだけ菜の花も楽しめる都会の真ん中の公園です。

たぶん、もうしばらく来ないだろうな、と思いつつ東京タワーとともに眺めました。



       シューベルト 交響曲第8番 ロ短調 「未完成」

   シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

              (1955.5.2 ボストン)

懐かしの1枚。

コロナ共生社会のなかで、音楽界もプログラムに超大規模な作品を取り上げにくくなりました。
マーラーの千人や、グレの歌など、オケも合唱も大量の出演者を要するものはなかなか難しくなった。
オペラでは、演出においてスタンスを大きくとったり、マスクを効果として使ったりという工夫がほどこされたり。
オーケストラコンサートで増えたのは、古典からロマン派の音楽で、シューベルトの交響曲がとても演奏されるようになったと思う。
とくに、4番やザ・グレイトあたりがとても多い(と思う)。
心が優しさを求めている、そんなときに歌心あふれるシューベルト。

あと、いまのウ・ロの戦下にあって、ロシアの作品が敬遠されたりするのはまったくケシカランと思うが、苦悩から歓喜、平和の賛歌、そう、ベートーヴェンがずいぶんと演奏されている。
第5と第9がとても多くて、第9などは欧州では日本の年末状態になってる。

さて、ミュンシュの「未完成」はかなり以前にも取り上げてますが、仕事の拠点を実家に戻したことを経緯にして聴いてみて、自分の未完成のすりこみ演奏がこれだ、と確信を持ったからです。
むかしは、33回転の17センチレコードがあって、両面で30分ぐらいの曲がたくさん出てました。
ビクターレーベルのこのシリーズもそうで、豪華見開きジャケットで50年以上が経過したいまも、その装丁はかなりしっかりしたまま残ってます。
解説を読むと、ミュンシュがまだ存命のように書かれているので、1967年頃の発売かと思われます。



両親に買ってもらったクリスマスプレゼントとしてのレコード第2段が、岩城&N響の第9と、このミュンシュの未完成だったかと記憶します。
2枚のフルサイズレコードだと両親の負担も大きいので、大と小、みたいな感じで2枚でした。
速いテンポを取ると思いがちなミュンシュの指揮は、ここではゆったりとしつつ、かつ優しい歌いまわしにあふれていて、この作品に必須の儚さも随所にあふれている。
重心は低めだけど、ボストン響のヨーロッパ系の音色が堪能できるのも嬉しく、自分には、ともかく郷愁誘う演奏なのです。
管楽器にやや鄙びた雰囲気を感じるのは、さすがに50年代の録音の影響だろうか、それすらが懐かしい。

このレコードのジャケット解説には、77歳の高齢、という表現があるが、いまでは77歳にそんなイメージはないのも、時代の経過を感じます。
1968年、その77歳でミュンシュは亡くなってしまうのですが、もう少し存命であればパリ管と多くの録音を残せたし、ボストンへの客演の新しい録音も実現していたかもしれない。
ストラスブールという、フランスでもドイツでもある街を体現した偉大な指揮者だと思います。



これまでは、散歩して同期生の東京タワーを眺めることができたけれど、もう遠くなるので、お別れをしてきました。

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2022年3月 1日 (火)

シューマン ピアノ協奏曲 ブレンデル&アバド



寒かった2月もおしまい。

季節はちゃんとめぐり、梅の芳香が街にただようになりました。

しかしながら、世界は自然の移ろいを愛でる余地や心地を与えてくれません。

日本だけが崇高なる9条をかかげ、たてまつるなか、そんな夢想ともいえる理想郷を吹き飛ばしてしまった独裁者。

そんなヤツが実際にいて、死んだような眼で、侵攻を正当化し、核で脅す行為を行った現状を世界に見せつけた。

悲しいのは、そんな暴君を支持せざるをえなかった音楽家たちも断罪されつつあること。

いや、その度合いにもよるが、指揮者Gは支持者でもあり友人でもあったが、ロシアの一般の人々が、自分はそうじゃありませんという声明をせざるをえないのが悲しすぎる。
その国の国民であることで謝罪をしなくてはならないっておかしくないか。
日本人も、戦後にそうした教育をほどこされ、自虐史観の固まりとなり、やがて国力さえ弱めるような事態にいまなっている。



ウクライナの無辜の民、それから命令で赴き、命を散らしてしまったロシアの兵士たち、それぞれの命の重みは同じ。

西側の脅威があったとはいえ、これをしかけた指導者P大統領、そして危機が迫るのを知りつつ安穏としていたウクライナ政府、それぞれに問題ありだと思う。

他山の石は、日本に即ふりかかる。

めずらしく音楽以外のことを・・・黙ってらんない

危機のときに、やってきてくれるウルトラセブンは、もういないと思っていい。



  シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 op.54

        アルフレート・ブレンデル

  クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

      (1979.6 @ウォルサムストウ、ロンドン)

初めて買ったシューマンのピアノ協奏曲がこのブレンデル&アバド盤。
DG専属だったアバドのフィリップスレーベルへの登場もあり、ともかくすぐに飛びつきました。

デジタル移行まえ、アナログの最終期の録音で、当時、フィリップスの録音の良さは定評があり、このレコードを代表に、最新フィリップスサウンドを聴くというレーベル主催の催し物に抽選で当たり、聴きに行きました。
大学生だった自分、会場はちょうど通学路にあった塩野義ビルのホールで、スピーカーはイギリスのKEFだったかと思う。
名前は忘れてしまったがMCは著名なオーディオ評論家氏で、このシューマンや小沢のハルサイとか、ネグリのヴィヴァルディとかが紹介され、ともかく自宅では味わえない高音質サウンドに魅了されたものです。

いま聴いても、芯のある録音の素晴らしさは極めて音楽的で、ピアノの暖かな響きと、オーケストラのウォーム・トーンがしっかりと溶け合って美しい。
ブレンデルのピアノが、折り目正しい弾きぶりのなかに、シューマンのロマンティシズムの抽出が見事で、柔和ななかに輝く詩的な演奏。
アバドとロンドン響も、ともかくロマン派の音楽然としていて、溢れいづる音楽の泉にとともに、早春賦のような若々しい表情もある。
春や秋に聴く音楽であり、演奏でもあると思う。
久々に聴いて、学生時代を思い出したし、若かった自分、いまとまったく違った若者の街、渋谷を懐かしくも思い出した。



遡ること小学生の自分。
ウルトラQ→ウルトラマンと続いて名作「ウルトラセブン」に夢中だった。
同時期にサンダーバード。
プラモデルで、ウルトラホーク号や、サンダーバード1~5号、ピンクのペネロープ号など、みんな揃えましたね。

そして衝撃的だったウルトラセブンの最終回。
戦い疲れ、もうあと1回変身したらあとがないと知ったセブン=モロボシ・ダンは、アンヌ隊員に「アンヌ、僕はねM78星雲からきたウルトラセブンなんだ!」と告白します。
ここで衝撃を受けるアンヌ、画面は彼女のシルエットとなり、流れる音楽はシューマンのピアノ協奏曲の冒頭。

アンヌは「人間であろうと宇宙人であろうと、ダンはダンで変わりないじゃないの、たとえウルトラセブンでも」
いまなら涙なしには見れない感動の坩堝となるシーン。
最後の戦いの間、シューマンの音楽は流れます。

このときの演奏は、リパッティとカラヤンのもので、刹那的なロマンを感じる演奏ですね。

昔のレコ芸で、ウルトラマンやウルトラセブンを数本監督した実相寺昭雄氏とウルトラセブン以降、ウルトラシリーズの音楽をすべて担当・作曲した冬木徹氏の対談を読んだことがあります。
あの感動のシーンの音楽は悩んだ末の窮余の一策で、チャイコフスキーのコンチェルトでとか言われたけれど、なんか違うなということになり、家から持ってきたレコードだったと冬木氏は語ってます。
円谷プロの円谷一氏は、早逝してしまったが、ヴァイオリンも習っていたしクラシック好きだったと。
だから冬木氏の作り上げたウルトラセブンに流れる音楽も、シンフォニックで格調高い。
円谷氏は、テレビで流される音楽を聴いてたら日本中の子供たちは耳が悪くなっちゃう、そうじゃない、子供たちの耳が音楽的な耳に育つようなものを作ってよ、と冬木氏に語ったそうな。

ほぼほぼ、セブンの時代は、ワタクシがクラシックに目覚めたころ。
あれがシューマンの曲だと知ったのはずっとあとのことだったけれども、ウルトラセブンのあのシーンは、きってもきれないことになった。
子供時代、青春時代がないまぜになって、どこか切なく甘い思い出です。

ウルトラセブンに出演していたウルトラ警備隊のメンバーも物故したりしてますが、ヒーローのモロボシ・ダン役の森次晃嗣さんは、藤沢の鵠沼でジョリー・シャポーというレストランを経営していて、お店によくいらっしゃるとのこと。
一度行ってみたい。
ヒロインのアンヌ隊員役の、ひし美ゆり子さんは、多くのお孫さんに恵まれ、孫の預かりを日々楽しみにしていらっしゃるご様子。
SNSでよく拝見してます。

そして、私もそっくり歳を重ねて孫も生まれたし、今月、東京を去ろうと決意し準備中で超忙しい。

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